「創業期からいるメンバーと、最近入ったメンバーで価値観のズレを感じる」
組織が成長する過程で、必ずといってもいいほど通る悩みです。
お客様のために、お客様の幸せのために、社会のために…
そうやってひた走ってきたはずなのに、年数が経ち、組織が大きくなるにつれて大事にしていた理念や価値観が薄まってきたと感じることはありませんか?
立派な経営理念も、額縁に入れて飾っているだけでは、従業員の心に浸透していきません。
企業理念を共通の価値観として従業員一人ひとりに浸透させ、それがお客様満足と業績向上に寄与している代表例が、ホテル・カンパニー「ザ・リッツ・カールトン」(※以下、本記事においては、リッツ・カールトン と表記)です。
今回はSUMUSのベンチマーキング研修で取り上げている、リッツ・カールトンの理念浸透の取り組み事例をご紹介したいと思います。
共通の価値観のない目標は、ただの「ノルマ」になってしまう
ベンチマーキングとは成功企業の良い事例を研究し、自社にも取り入れる経営手法の一つです。
(▶詳細は、マガジン「成功企業のDNAを移植する~組織文化ベンチマーキングのススメ」にて)
SUMUSではベンチマーキング研修を行う際、
① 理念・ビジョン
② 組織風土
③ 5つの成果(ゴールの定義づけ)
④ 経営戦略
⑤ 経営管理
⑥ 人財育成
の6つのカテゴリーでプログラムを組んでいます。
どこから始めるかは、それぞれの企業様の状況によって変えていますが、最も多いのが理念やビジョンから入るケースです。理念やビジョンは、やはり組織作りのスタート地点。ここをおろそかにしたまま、「目標が、ゴールが…」といった話をしたところで、従業員にとってみれば、それは押し付けられた一方的な「ノルマ」でしかなく、場合によっては思わぬ反発が起こることもあり得ます。
「会社としてもっとも大切にすることは何か?」
そして、それを額縁に入れているだけのお飾りの言葉にせず、従業員一人ひとりの価値観として浸透させていくためにはどうすべきなのか?
改めて自社の理念やビジョンを見直したいと考えたとき、リッツ・カールトンほどお手本となる企業は他にありません。
モノからコトへの先駆者としてのリッツ・カールトン
「モノからコトへ」―
もはや手垢のついてしまった言い回しですが、1990年代~2000年代にかけて消費者の意識は大きく変化しました。
「マイホーム」「マイカー」「海外旅行」といった【モノ】そのものを志向する傾向から、「時間」「お金」「健康」など、モノを買うことによって得られる時間や体験、喜びに価値を見出すようになりました。
それにともない企業も、商品そのものではなく、ライフスタイルとしての見せ方に変えていこうと方針転換をはじめ、その流れは今も続いています。
このロングトレンドの先駆者と言えるのが、まさに今回の題材である、リッツ・カールトンです。
1997年、まさに人々の意識が大きく変わってきたタイミングで日本に上陸したリッツ・カールトンは、価格でもなく、建物や設備といったいわゆるホテルとしての機能・スペックでもなく、「ホスピタリティ(サービスを越えた、心からのおもてなし)」という目に見えない価値で差別化をし、誰もが一度は泊ってみたい憧れのホテルとしてのブランドを築き上げました。
目に見えないサービス、ホスピタリティを高いレベルで提供することを可能にしているのが、リッツ・カールトンの理念浸透です。
「感動はお客様への最高のおもてなしのひとつだ」―
その考えが、従業員一人ひとりにしっかりと染みつき行動にまで反映されているからこそ、世界各地のリッツ・カールトンで、日々感動体験が生み出されている、というのです。
リッツ・カールトンに倣いたい3つのポイント
リッツ・カールトンのサービス精神には、どんな企業にも通じる「お客様の幸せを追求する」ことの本質が隠れています。
住宅販売の現場においても、ただ家という建造物を売っているだけの会社と、家を通して得られる喜びをお届けしようとしている会社では同じものを扱っているようで、提供している価値は全く異なります。
リッツ・カールトンが大切にするホスピタリティと、それを実現する同社の仕組みは、非サービス業にあたる人にとっても学びが深いものです。
同社からベンチマーキングするポイントとして、SUMUSでは次の3つを上げています。
①サービス「サービスではなく、ホスピタリティを提供する」
リッツ・カールトンのサービスやホスピタリティを特別なものに押し上げたのが、サービスコンセプトの「ミスティーク(神秘性)」です。サービスの域を越えて、お客様が言葉にされないニーズまでをも十二分に満たし、驚くような感動体験を作り出すことを目指しています。
②クレド「全社員が共感するクレド(信条)を描き、浸透する」
感動的なサービスを提供する体制の土台になっているのが、クレドです。クレドが浸透し、従業員一人ひとりがクレドに沿った行動ができているからこそ、①の感動的なホスピタリティを提供できています。
③科学する「現場の仕組みと、共通の思考フレームを設計する」
リッツ・カールトンは「サービスを科学」として捉え、運や人に左右されない、確実性を持ったものとして提供しています。サービスや思いやりの表し方を個人まかせにせず、細かい仕組みに落とし込みサービスの質を安定させています。
今回はその中でも特に、クレドにまつわる部分をご紹介します。
なぜ、リッツ・カールトンは理念を浸透できているのか?
リッツ・カールトンの理念浸透を語る際に、切っても切り離せないものが「クレド」です。クレドとは、従業員が心がける信条や行動指針を意味します。
クレド
リッツ・カールトン・ホテルはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています。
私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだそして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。
リッツ・カールトンでお客様が経験されるもの、それは、感覚を満たすここちよさ、満ち足りた幸福感そしてお客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心です。
引用:高野登 著『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』
リッツ・カールトンでは、この「クレド」をはじめとして、「エンプロイー・プロミス(従業員への約束)」「モットー」「サービスの3ステップ」「ザ・リッツ・カールトン・ベーシック(行動指針)」を記したラミネートカードを全従業員が肌身離さず持っています。
これらは総称して「ゴールド・スタンダード」と呼ばれ、まさにリッツ・カールトンのDNAとも言えるものです。
企業理念や行動指針を掲げている企業は他にも数多くありますが、一人ひとりの従業員の行動に反映されるまでその理念が浸透している会社は多くはありません。リッツ・カールトンが明らかに他の企業と比べて深いレベルでそれらを浸透させることができている理由としては、次のような点が挙げられます。
(1) 会社からの一方的な押し付けではない
(2) 共感できるエピソードを全従業員に共有する
(3) 常に持ち歩き、確認することができるものにする
(1)会社からの一方的な押し付けではない
多くの企業では、理念や行動指針などは経営陣が決めたものを、いわゆるトップダウンで社員に通達しているケースが多いと思いますが、リッツ・カールトンはこれを一方的な押し付けにはしていません。
「ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニー」を創業した1984年、創業メンバーで「リッツ・カールトンはお客様や従業員にとってどんな存在であるべきなのか」を徹底的に話し合い、そしてそれを1枚の紙にまとめたのがクレドです。経営者が一人で決めるのではなく、皆で作ったものであるという点でも、このクレドの特徴です。
リッツ・カールトンのゴールド・スタンダードは、まさに同社のDNA。それほど大事なものでありながら、その内容は従業員からの働きかけによって変えることができるといいます。
最初から不変なのはモットーとクレドの本文だけ。それ以外の要素は修正されたり、あとから項目を足されたりすることがあるそうです。そのきっかけを作るのが、現場で働くスタッフたち。ゴールド・スタンダードを進化させるために様々な意見を出し、誰の提案でもきちんと記録され評価される仕組みがあります。
引用:高野登 著『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』
一方的に押し付けられたものではなく、自分たちが作り実践していくものだという意識を持つことができているからこそ、より自分事として納得して行動することに繋がっているはずです。
(2) 共感できるエピソードを全従業員に共有する
リッツ・カールトンでは、従業員とお客様の心温まるエピソードを「ストーリー・オブ・エクセレンス」(別名:ワオ・ストーリー)と呼び、週に2回、朝礼の中で全従業員に紹介しているそうです。その目的は2つ。
・従業員一人ひとりに、「自分だったらこの場面でどうするか?」と、お客様に感動を与えることについて考えてもらうため。
・自分自身や仲間が称えられることで、誇りと喜びを感じてもらうため。
また、ストーリーとして紹介されるだけでなく、ワオ・ストーリーを生み出した実績は、給与査定や異動の面でも有利に働く、ということです。理念に沿った行動を称えらえれる仕組みを作ることで、「次は自分もワオ・ストーリーとして取り上げられるような感動的なサービスを提供しよう」という気持ちを醸成するのに役立っています。
(3)常に持ち歩き、確認することができるものにする
みなさんの会社では、企業理念や社訓をどのように取り扱っていますか?額縁に入れて飾っているだけ、入社式や全社会議のときに唱和するだけでは、理念を行動として反映するほど浸透させることは難しいでしょう。
リッツ・カールトンの従業員は、常にクレドカードを肌身離さず携帯しており、一般的な会社と比べて、理念やクレドとの距離がとても近いのです。また、経営者をはじめとして会社全体で、クレドの優先順位を最上位に位置づけており、常にクレドに触れ、クレドのことを考える習慣が生まれています。
月に1回、年に1回触れるお飾りの言葉ではなくて、何百回何千回と読み込み、心から納得できるレベルまで落とし込みがされています。単純なことですが、「いつでも確認できる距離にある」ことの効果は大きいのです。
理念が組織を強くする
共通の価値観を持つ組織は強い-
リッツ・カールトンはそれを立証する企業の一つです。
・創業当時の価値観が薄れてきた
・企業理念を明文化していない
・理念や社訓が、お飾りの言葉化している
もし一つでも当てはまることがあるのであれば、「リッツ・カールトン」の取り組みをより深く学んでみてはいかがでしょうか。